『レオポルトシュタット』

10/26 新国立劇場中劇場で『レオポルトシュタット』 作:トム・ストッパード 翻訳:広田敦郎 演出:小川絵梨子

20世紀初頭のウィーン。レオポルトシュタットは古くて過密なユダヤ人居住区だった。その一方で、キリスト教に改宗し、カトリック信者の妻を持つヘルマン・メルツはそこから一歩抜け出していた。街の瀟洒な地区に居を構えるメルツ家に集った一族は、クリスマスツリーを飾り付け、過越祭を祝う。ユダヤ人とカトリックが同じテーブルを囲み、実業家と学者が語らうメルツ家は、ヘルマンがユダヤ人ながらも手に入れた成功を象徴していた。しかし、オーストリアが激動の時代に突入していくと共にメルツ家の幸せも翳りを帯び始める。大切なものを奪われていく中で、ユダヤ人として生きることがどういうことであるかを一族は突き付けられる......

あるユダヤ人一族の1899年から1955年までを描いた物語。戦争、革命、ナチスの支配、ホロコーストに直面したオーストリアを舞台に、時代に翻弄される家族の形が4世代にわたって紡がれる。この公演では客席を9列目までつぶして舞台を大きく張り出し、回り舞台が転換をスムーズに見せていて、中劇場はこんな使い方もできるのかと驚いた。キャストのうち13役はオーディションで選んだのだそうで、小川絵梨子が新国立劇場の芸術監督として取り組んでいるフルオーディション企画の精神がここでも活かされているのだなと思った。トム・ストッパード作、小川絵梨子演出の舞台は去年コクーンで「ほんとうのハウンド警部」を観たけれど、本作にはトム・ストッパードの自伝的要素も含まれているとのことで前作の印象とはまったく趣きが異なり、一大叙事詩と謳われている通り、大きな時代の流れの中で家族の歴史をまっすぐ正面から見つめる壮大な会話劇だ。ユダヤ人一族の物語を伝えるにあたりアウシュヴィッツ収容所は避けられない史実で、この舞台では収容所で命を落とした親族たちの名前がひとりひとり上げられる場面で幕となるのだけど、50年にわたる一族の人生を客席から追ってきた後では、ああ、あの人もあの人もあの人も収容所に送られて亡くなったのかと身内の死を聞かされるように感じて、家族の絆を通して命のかけがえなさを思うと共に、戦争の悲惨、差別と迫害を繰り返す人間の愚かさを考えずにはいられなかった。とても見応えのある舞台だった。