『佐々木、イン、マイマイン』

8/2 キネカ大森で『佐々木、イン、マイマイン』

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もうどこでもやってないだろうなと諦めた頃に気になっていた映画を上映してくれるキネカ大森ありがとう。監督の内山拓也を始め出演俳優もスタッフも20代30代を中心に作られたというこの映画は、観客を物語に引き込む熱量と勢いに溢れていた。いつしか疎遠になった友人がいて、もう何年も音信不通で普段の生活の中で考えることもない、それでも確かにあった忘れがたい時間や交わした言葉。お調子者ですごい負けず嫌いで、でも実は気にしいで親に放置された孤独を抱え自分の将来には諦念を感じている佐々木(細川岳)。彼の存在と生き様を通して、投げやりにいい加減に生きていた悠二(藤原季節)は自分の人生を見つめ直し逃げずに向き合う覚悟を決める。人生詰んだような佐々木の現在、でもその時はきっと幸せだったに違いないエピソード(バッティングセンターに一人通い続けてたこと、心を許せる女性との出会いがあったこと)に胸を打たれる。生きてれば小さな光が差す瞬間もあって、佐々木!佐々木!というコールは、きっと観客に向けてのコールでもあるのだと思う。細川岳も藤原季節もとても良かったし、いい映画だった。あと霊柩車から佐々木が全裸で飛び出してくるラストシーン、あれは実際に佐々木が生き返ったんじゃなくて、この方が佐々木らしい、こうなってほしいという悠二の空想の世界だと私は解釈した。

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入江雅人グレート一人芝居『パンクスタイル 10』

7/29 APOCシアターで『パンクスタイル 10』f:id:izmysn:20210731104949j:plain

入江雅人の一人芝居『パンクスタイル』を観るのはこれが2回目だ。今回もまず受付での消毒・検温・チケット精算から本人が行ない、パイプ椅子を30席ほど並べたスペースにお客さんが収まったところで「では、やります」とやおら本番が始まった。音響や照明のスタッフ業務もすべて一人でやるので“グレート”一人芝居。前回も感じたけれど、小さなスペースに毎回参加しているみたいな人も多い中で、客席に対して阿るでもなく媚びるでもなく、かと言って偉ぶるでも突き放すでもなく、その距離の取り方というか空気の作り方がとても良いと思う。常連とおぼしき人たちも必要以上に親しげにしたりとか馴れ馴れしくしたりとか全くなくて、一人芝居を純粋に楽しんで、終わったら静かに退場していくという大人な感じ。入江雅人の自然体であけっぴろげなトークも楽しいし、オリンピックやワクチンの時事ネタを盛り込んだ新作3本の芝居に笑って、今回も居心地のいい時間を過ごすことができた。

午前10時の映画祭『シャイニング 北米公開版』

7/28 TOHOシネマズ日本橋で『シャイニング 北米公開版』

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今年の4月に復活した「午前10時の映画祭」。1980年に日本で公開された時の“国際版”よりも24分長い“北米公開版“(143分)の『シャイニング』を観てきた。オープニングの空撮ショットからすでに何とも言えない不気味な空気にゾクゾクする。これまで上映されなかったシーンに触れる新鮮さもあって、この映画を観るのが全く初めてのような感覚で展開を追った。狂気に落ちていくジャック・ニコルソンの演技は確かにすごいのだけど、どこかしらコミカルというかユーモアも感じられるのに比べて、妻役のシェリー・デュヴァルの恐怖に駆られ精神的に追い詰められていく迫真の表情が今回はむしろ恐ろしかった。そして舞台となるホテルの広い空間と高い天井、息子のダニーが三輪車で走り回る長い長い廊下、いくつも並んで続くドアなど、建物自体の大きさがそこに置かれる人間の孤独や疎外感をより強調するものになっているようにも感じた。謎は残されたまま明かされず、もう一度観た時にはきっとまた違う感じ方があり、新たな見方ができる映画なのだと思う。そして物語とは全く関係ないのだけど、この映画のジャック・ニコルソンが時々レオナルド・ディカプリオに見える瞬間があって、なんだこれはと思って、いや逆か、今のディカプリオがこの当時43歳のジャック・ニコルソンに似ていると言うべきか。もともとの顔立ちは全く違うのに、目の使い方とか顔の筋肉の動かし方とか笑顔がふっと真顔に戻るその間の取り方とか、映画を観ながら「あ、またディカプリオだ」と何度も思ってそれが今回の一番の驚きだったかも。

↓『シャイニング』の解説は 1:34:30 あたりから

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ほりぶん『これしき』

7/27 王子小劇場で、ほりぶん『これしき』 作・演出:鎌田順也(ナカゴー) 

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今回もワンピース姿の女優陣が大暴れするほりぶんの新作。2回の公演延期を乗り越えての上演は早々にチケット完売で、序盤から川上友里と上田遥の絶妙な掛け合いに「待ってました!」という感じ。ふとした縁で出会った5人が茶飲み友達になるのだけど、ぱっと見では分からなかったそれぞれのバックグラウンドが明らかになることで壮絶なバトルが勃発する。これまで上演に使用していた北とぴあよりアクトスペースが狭くなっているので、走り回ったり動き回ったりがちょっと窮屈だけど、打ち身もアザも何のその、身体を張ったパワフルさは健在だ。じわじわと醸し出される空気が癖になる楽しさ。ただ今回ちょっと色が違うなと感じるメンバーが1人いて、そこをノイズに感じてしまったのが少々残念だった。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』

7/23 TOHOシネマズ日比谷で『プロミシング・ヤング・ウーマン』

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 キャシー役キャリー・マリガンの振り切った演技はキャリア最高という賛辞も納得。ベイビーフェイスで思わず守ってあげたくなるような可愛らしい女性という固定されたイメージを払拭して、酔った女性を家に連れ込んでセックスに持ち込もうとするゲスな男たちをビビらせる様は小気味よく痛快だ。相手が実はしらふだったと知って慌てふためく男たちに、刃物を持ってるヤバイ女もいるから気をつけろとキャシーは言うのだけど、それは逆もありな話で、ホテルなら従業員とか他の宿泊客とかがいるけど、自宅に2人きりという状況でおとなしく引き下がる男ばかりとは限らず、逆ギレされて暴力をふるわれる可能性も大いにあるわけで、キャシーのやり方はかなり危険だと思う。それにキャシーに説教された男が心を入れ替えて二度と同じ行ないをしないかといえば決してそんな事はなく、変な女に引っ掛けられたという男同士の笑い話にされるだろうことは容易に想像できる。

キャシーの行動は、大切な友達だったニーナが衆人環視の中でレイプされ大学を中退して命を絶ったという悲惨な出来事によるものだけど、激しい怒りと共にニーナを助けることができなかった自分を責める気持ちがどこか投げやりな諦念に繋がっていると思う。この自分なんかどうなってもいいというような自傷願望が、ニーナをレイプした犯人を追い詰めていく展開の最後に繋がっていると思うのだけど、命を捨てる覚悟でしかけた罠だったのか、殺されることを自ら望んでそう仕向けたのか、できることならキャシーには過去のトラウマから立ち直って生きていってほしかったと思う。

監督・脚本のエメラルド・フェネルがこの映画で男性たちに向ける視線は容赦がないけれども、女性に地獄のような苦しみを与えるのは男だけと限定するのではなく、女性もまた女性の敵になり得るという部分もしっかり描いている。精神的な暴力においては性別どうこうは関係なくて、人と人が関わっていく中で他者の痛みを思いやること、他者の立場になって考えることが大切なのではとあらためて問われたように感じた。

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『ライトハウス』

7/22 TOHOシネマズシャンテで『ライトハウス

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絶海の孤島にやってきた2人の灯台守。ベテランのトーマス(ウィレム・デフォー)と新人のイーフレイム(ロバート・パティンソン)は、これから4週間に渡って島と灯台の管理を行なうのだけど、高圧的に指示を出すトーマスにイーフレイムは反感を抱き、初日から2人は衝突を繰り返す。険悪な雰囲気に日々募る不満を何とかやり過ごし、明日で仕事は終わり、やっと島から出られるという夜に大嵐がやってきて、迎えに来るはずの船は訪れず、2人は島に閉じ込められてしまう。

幕開きから大音量の霧笛の音、海鳥たちの鳴き声、響き続ける機械音などが不穏な空気を醸し出していて、この先には不吉な展開が待っているのだという予感から逃れられない。この映画のスクリーンは横長ではなくほぼ正方形で、ここに2人の人物が向き合って映ると非常に距離が近くなり、物理的にも心理的にも2人が置かれている状態の閉塞感が強く伝わってくる。また灯台の高さというのを観客が感じやすくなり、灯台の一番上(灯室)はトーマスの領分であり、イーフレイムは下から見上げるだけで絶対にそこには入れない、という身分差・階級差を建物の高低差が表しているとも言える。イーフレイムが不満や怒りを我慢できていたのは4週間という期限があったからで、孤立状態がいつまで続くか分からない状況に置かれた途端イーフレイムは感情を爆発させる。そしてここからこれは現実なのかイーフレイムの幻想なのか判断がつかない場面が続くのだけど、嘘をついているのはどちらなのか、本当は何が起きたのか、謎に明らかな答えは示されず解釈は観客に委ねられる。孤島という密室の中で、ほぼこの2人の会話だけで物語が進み、まるで舞台劇を観ているようなだった。常軌を逸した言動に堕ちていく2人を演じたウィレム・デフォーロバート・パティンソンもすばらしく、モノクロ画面が2人の表情をさらに引き立ててその陰影に引き込まれる。狂気と暴力に満ちているけれどきっと何度も思い返したくなる、そんな映画だった。

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JIM JARMUSCH Retrospective 2021『ダウン・バイ・ロー』『コーヒー&シガレッツ』『ミステリー・トレイン』

7/12 新宿武蔵野館で『ダウン・バイ・ロー』(1986年)

7/16 新宿武蔵野館で『コーヒー&シガレッツ』(2003年)

7/20 渋谷ホワイト シネクイントで『ミステリー・トレイン』(1989年)

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今月上旬の3本に加えてこの3作品で、今回のジム・ジャームッシュ12作品上映企画のうち6本を観ることができた。ジャームッシュは先に俳優に声を掛けて、出演OKをもらってから脚本を書く、という話をどこかで読んだことがあるのだけど、長編映画3作目の『ダウン・バイ・ロー』はまさに好きな友達を呼んで映画を撮ってみたという感じだ。この後ジャームッシュ映画の常連となるロベルト・ベニーニトム・ウェイツ、音楽担当としても関わり続けるジョン・ルーリー。それぞれの魅力が詰め込まれていて楽しい。11のエピソードを綴った短編集『コーヒー&シガレッツ』も、おそらくはあて書きであろう役を俳優たちが嬉々として演じていて、どのエピソードも見どころがあるけれど、特にケイト・ブランシェット一人二役の芝居の巧さ、これは必見だと思う。『ミステリー・トレイン』は公開時に映画館で観たのがもう30年以上前なのかと懐かしい気持ちになりつつ、映画自体はあまり面白く感じなかったということもあらためて思い出した。