『ツダマンの世界』

11/30 シアターコクーンで『ツダマンの世界』 作・演出:松尾スズキ

井伏鱒二太宰治の師弟関係に興味があり、それを基にして書いた作品だと松尾スズキがインタビューに答えている。昭和初期を舞台にツダマンこと津田万治(安部サダヲ)の激動の人生を、津田家の女中(江口のりこ)を狂言回しにして描く群像劇。弟子にしてくれないと死んでしまうとツダマンに泣きつく長谷川葉蔵(間宮祥太郎)は名前からしてあきらかに太宰だけど、このナルシストなお坊ちゃんに振り回されつつも、突き放すことができずについつい面倒を見てしまうツダマンの困惑とジレンマを安部サダヲが飄々と軽妙に演じている。阿部サダヲは劇中でかっぽれを踊るシーンがあるのだけど、これがものすごく上手で驚いた。半端なくお稽古したのだろうなと思ったし、ソロでドラムを演奏するシーンもあって、芝居の巧さはもちろんのこと本当に器用というか何でもこなせる人なのだなとあらためて感心した。今作はとにかく展開のテンポがよく、ロープに渡した布をシャッと引いての場面転換は三谷歌舞伎の「決闘!高田馬場」(ずいぶん前の作品だけども)を懐かしく思い出したり、俳優陣はけっこう役を兼ねているので衣装替えが大変そうだけどそこも間延びすることなく次のシーンをスムーズに見せていく。ツダマンの妻役の吉田羊は先日観た「ザ・ウェルキン」よりも数段良くて、きっと根がすごく真面目なひとであろう感じが、江口のりこ演じる大阪弁の女中のスンっとした大雑把さと好対照で面白かった。そしてこの物語の中心は実はこの2人の女性であったというどんでん返し的な結末も爽快で、松尾スズキ作品の中でもとても好きな一作になった。

ツダマンの世界 | Bunkamura

 

『アムステルダム』『パラレル・マザーズ』『君だけが知らない』

11/1 TOHOシネマズ日比谷で『アムステルダム

11/22 Bunkamuraル・シネマで『パラレル・マザーズ

11/29 シネマート新宿で『君だけが知らない

 

アムステルダム』 カラフルな映像は目に楽しく主演3人の演技はとても良かったけれども、見どころはそこだけという感じで話自体はあまりぱっとしないというか私は退屈だった。

『パラレル・マザーズ』 偶然同じ日に出産した病院で子供を取り違えられた2人のシングルマザーの物語でもあるのだけど、2人の交流を描きながら過去のスペイン内戦が現在まで尾を引いている実情を伝えることがアルモドバル監督の真意なのだと感じた。前作「ペイン・アンド・グローリー」はとても好きな映画で、引き続き出演しているペネロペ・クルスが今作もとても良い。

『君だけが知らない』 記憶喪失ものというジャンルがあるのか知らないけれど、記憶をなくしたヒロインを夫だと名乗る男が迎えに来て家に連れ帰るところから始まって、この男の正体は?ヒロインの身に一体何が?という謎が徐々に明かされていくのだけど、たぶんこうだろうという読みの遥か上を行くまさに予想外の展開で、そういう事だったのかと構成の妙に唸らされた。時々差し込まれる少女の姿の仕掛けも効いていて、実は切ないラブストーリーでもあり、観客を引き込む力にあふれた作品だった。

梅棒『シン・クロスジンジャーハリケーン』

11/24 サンシャイン劇場で梅棒『シン・クロスジンジャーハリケーン

2015年に上演した作品を梅棒メンバーのみで再演とのことで、私は今回が初見。サンシャイン劇場も初めてだったのだけど、想像以上に舞台が近く感じられて割と見やすい劇場だった。ひとりの女の子を巡って島の男たちがぶつかり合うという単純明快なストーリーに、男同士の友情とか夢を追いかける気持ちの熱さとかを散りばめて、頑張っている人たちに対する応援歌みたいになっている。感情を代弁するようなJ-POPの数々にダンスを載せて今回もとても楽しい作品になっていた。個人的にはメンバー紹介を兼ねた冒頭のダンスシーンが非常にかっこよくて、ド派手な照明と大音響の中、おそろいの衣装で踊る姿に目が釘付けだった。

午前十時の映画祭『蜘蛛巣城』

11/23 TOHOシネマズ日本橋で『蜘蛛巣城』4Kデジタルリマスター版

戦国時代。武将・鷲津武時(三船敏郎)と三木義明(千秋実)は謀反を鎮圧し、主君が待つ蜘蛛巣城へと馬を走らせていた。雷鳴轟く中、「蜘蛛手の森」で道に迷った二人は、不気味な妖婆(浪花千栄子)に出くわす。妖婆は、武時はやがて北の館の主に、そして蜘蛛巣城の城主になる、そして義明は一の砦の大将となり、やがて子が蜘蛛巣城の城主になると告げ、宙に消えた。二人は一笑に付したが、予言はその後、一つずつ現実のものになっていく―。

三船敏郎に本物の矢が次々と放たれるラストシーンはあまりにも有名だけど、この作品を映画館で観るのは初。シェイクスピアの「マクベス」の翻案であり、思っていた以上に原作に忠実な内容だったのだとあらためて知った。1957年公開、モノクロの映像に能の様式美を取り入れたという黒澤明の演出は、昨年末に観たジョエル・コーエン監督、デンゼル・ワシントン主演の「マクベス」にも非常に強い影響を与えていたことが分かる。霧の中から登場人物が浮き上がってくるシーンなどはオマージュと言えるほどだ。鷲津武時の妻(マクベス夫人にあたる)を演じた山田五十鈴が本当にすばらしく、その妖艶な美しさはもちろんのこと、狂気に落ちていく様の凄まじさに目を奪われる。今年の午前十時の映画祭ラインナップの中でとても楽しみにしていた作品。映画館で観られて大満足だった。

『私の一ヶ月』

11/17 新国立劇場小劇場で『私の一ヶ月』 作:須貝英 演出:稲葉賀恵

新国立劇場の新シリーズ【未来につなぐもの】の第一弾。英国ロイヤルコート劇場と新国立劇場がタッグを組んで、若い劇作家のために実施したワークショップから生まれた新作とのこと。幕が開くと舞台上には3つの空間が設定されている。真ん中はどこかの地方のコンビニ、左は都会の大学図書館、右は地方の家の茶の間だ。私はあらすじを読まずに観たので、最初この3つの空間の関係が掴めず、同時に何がしかのことが起きているけれどもどうやらそれぞれの空間の時代は異なっているらしいということが観ているうちに分かってきた。終演後にチラシの裏側をみたらしっかりその説明がしてあった。

3つの空間。2005年11月、とある地方の家の和室で日記を書いている泉。2005年9月、両親の経営する地方のコンビニで毎日買い物をする拓馬。そして2021年9月、都内の大学図書館閉架書庫でアルバイトを始めた明結(あゆ)は、職員の佐東と出会う。やがて、3つの時空に存在する人たちの関係が明らかになっていく。皆それぞれが拓馬の選んだつらい選択に贖いを抱えていた......。

時代と場所を行き来しつつ淡々と静かに過去の出来事が明かされていく。自死した拓馬に対して責任と後悔を抱えて生きてきた大人たち、妻であった泉、拓馬の両親、学生時代の友人だった佐東、それぞれをつなぐものとして泉と拓馬の娘である明結の存在があり、過去を抱えながらそれでも明日も生きていくのだとそれぞれが思いを新たにし、そして泉がつけていた日記によって明結もまた一歩前に進む決意をする。この舞台は俳優陣がとても達者で、泉を演じた村岡希美も佐東を演じた岡田義徳も良かったけれども、拓馬の父親役の久保酎吉が本当にすばらしかった。息子の友人であった佐東の現在をずっと気に掛けてきたことが分かる場面は、ひとがひとを思いやること、計算ずくではないその純粋な気持ちが切々と伝わってきて胸を打たれた。

城山羊の会『温暖化の秋』

11/16 KAAT神奈川芸術劇場大スタジオで『温暖化の秋』 作・演出:山内ケンジ

インタビューでタイトルの意味を聞かれた山内ケンジが「温暖化は気候のことではなくて、心のありよう」だと答えていた。と言われて芝居を観ても何を指して温暖化なのかはよく分からないのだけれど、些細なことをきっかけに自分でも予想外の感情が溢れてきたり、そんなつもりはなかったはずの行動が実は気づかなかった本音の表出だったり、曖昧で不安定で如何ようにも変化するのが人間の本性だったり欲望の向かう先だったりするということが、今回も何気ない日常会話の積み重ねから描かれていく。大スタジオを三方囲みの客席にして結構な傾斜のある舞台には切り株のようなものがいくつか置かれているだけだ。出演者はいわゆる舞台用の声ではなく、普通に会話をする時の声量で話すので時には全く台詞が聞こえない、というのもいつもの城山羊の会で、コロナ検査会場から出てきた若い男女の耳に「ねえ、あのひとマスクしてないわよ」という囁き声が聞こえてきたことから物語が動き出す。マスクの生活が当たり前となったまま迎えた2022年の秋に、振りかざされる正義感とか、仄めかされる批判とか、逃れづらい義務感とか、そんな窮屈で鬱陶しい毎日にうんざりしながらもどこかしら諦めの気持ちも抱えた登場人物たちのとある一日が交差していく。常連の岡部たかしと岩谷健司の安定感は言わずもがなで、橋本淳も悪くはないけれど4月に観た劇団た組「もはやしずか」の印象があまりにも鮮烈でそこには及ばなかった感じ。今作はとにかく城山羊の会初参加という趣里とじろう(シソンヌ)の2人がとても良かった。趣里はすごく小柄で顔も驚くほど小さいけれど、舞台上で目を引く存在感がある。フィアンセの元カノに対してマウントを取ろうと躍起になる姿からは可愛さの内側に隠したどす黒い感情が見え隠れする。台詞も上手だ。じろう(シソンヌ)はごく平凡な会社員だけどちょっと嫌味な性格の男を小細工なしでまっすぐに演じていて、いけすかない奴だと思っていたら本当はいい奴だったみたいなことが最後に明かされるのだけど、その変化を納得させる説得力があった。観終わってみるとそれぞれの思惑が絡み合った末にこの2人(趣里とじろう)が結ばれる、今作は実はラブストーリーなのだった。

ジョンソン&ジャクソン『どうやらビターソウル』

11/15 ザ・スズナリで『どうやらビターソウル』 作・演出:ジョンソン&ジャクソン

俳優の大倉孝二と脚本家・演出家のブルー&スカイによるユニット、ジョンソン&ジャクソン。私は今回が初見なのだけど「くだらない、何の役にもたたない芝居作りを目指す」というからにはもっとナンセンスでわけの分からないものかと思っていたら、いやもちろん非常にくだらない展開もふざけた台詞も満載なのだけど、きちんとストーリー(渡辺真起子扮する一流スターのユキコが余命宣告を受けたことをきっかけに、25年前に同じ夢を抱いていたかつての仲間たちに会いに行く)があって、ちゃんとそれこそタイトル通りのほろ苦い結末に着地したことに驚いた。共同主宰の2人はもちろん、客演の3人が3人ともすごく良い。渡辺真起子は芝居の上手さに加えてコメディエンヌのセンスも抜群で、佐藤真弓のすっとぼけ感は大倉孝二との掛け合いでまさに本領発揮だし、そして役者としてのノゾエ征爾が醸し出す得も言われぬ可笑しみ、その得体の知れなさがもう最高だった。芸達者な面々が繰り出す圧倒的な緩さと丁寧に積み上げられた美しいともいえる切なさの絶妙なバランス。すごく面白かった。次回公演もぜひ観たい。