NTLive『ヘンリー五世』

9/7 シネ・リーブル池袋でNTLive『ヘンリー五世』 作:ウィリアム・シェイクスピア 演出:マックス・ウェブスター

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この作品が上演されたドンマーウェアハウスは、舞台を客席が3方から囲むキャパ251席の劇場で、客席数からいうとシアタートラムぐらいだ。アクティングエリアはほぼ正方形で、カーテンコールの時に俳優が横一列に8人並んでいっぱいという感じだったので一辺10mほどだろうか。階段状のセットに何脚かの椅子と、キャットウォークを下して使用する場面はあるけれど、舞台は非常にシンプルだ。正面の壁がスクリーンになって、百年戦争の背景やヘンリー五世にいたる家系図を文字で示したり、また戦場シーンは照明と映像による表現が観客の理解を助けている。以前「ホロウ・クラウン」をNTLiveで観た時にヘンリー五世を演じていたのはトム・ヒドルストンで、アジャンクールの戦いで勝利した英雄、国を愛する王という描かれ方だったと思う。けれども今作のキット・ハリントンのヘンリーは、王位を継いでもどこかしら欠けたところのある人物、すべては自分の思い通りになるという傲慢さを持った人物で、それが一番よく表れていたのはフランス王妃のキャサリンを口説く場面だ。若い頃には放蕩三昧だった男が本気で女性に告白しようとして不器用さを晒すのが可愛いみたいな演出だったトム・ヒドルストンに対して、キット・ハリントンのヘンリーは嫌がるキャサリンに無理やりキスしようとするし、相手が自分に嫌悪感を抱いていることなど全く気に掛けていない。キャサリンはこれが政略結婚であることを理解しているから、父であるフランス王が決めたなら従うと自分からヘンリーにキスをして、そのあと顔を背けて口を拭う演出がなかなかに辛辣だ。フォルスタッフに対する態度も王としての責任を果たすために距離を置いたというよりも、彼に飽きて結局は身分の低いものと見下したからだろうと感じる。戦争の英雄としてのヘンリーと、多々問題のある人物としてのヘンリー、その二面性をキット・ハリントンはとても巧みに演じていたと思う。そして登場人物たちが現代の服装で演じることが、この物語のあとに起きる薔薇戦争を、現在の英国内の対立や不寛容、EUからの離脱を巡る論争も含めた問題を意識させることに繋がっている。とてもスリリングで見応えのある作品だった。やはりNTLiveの上映ラインナップは見逃せない。ただ一点、無理やり食べさせられたネギを俳優が舞台上に吐き出す演出が終盤にあり、それを片付けることもなく吐き散らかしたネギを踏みながら芝居が続いてそのまま幕になるというのはちょっとどうかと思った。