『貴婦人の来訪』

6/9 新国立劇場小劇場で『貴婦人の来訪』 作:フリードリヒ・デュレンマット 翻訳:小山ゆうな 演出:五戸真理枝

小都市ギュレン。「ゲーテが泊まり、ブラームスが四重奏曲を作った」文化都市も昔の話、今は荒れはて、町全体が貧困に喘いでいる。ある日、この町出身の大富豪クレール・ツァハナシアン夫人が帰郷する。町の人たちは、彼女が大金を寄付し、町の経済を復興させてくれるのではないかと期待に胸を膨らませる。

夫人は人々の思惑通り、巨額の寄付を申し出るが、同時に一つだけ条件をつける。
「寄付はするが、正義の名において、かつて私をひどい目に遭わせた恋人を死刑にしてほしい」...。

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新国立劇場の新シリーズ「声 議論, 正論, 極論, 批判, 対話…の物語」の第三弾。今回のシリーズ三作品の中で一番情け容赦なく恐い話だと思った。大金が手に入るかもしれない未来がちらついた途端に、自分たちの欲を全開にしていく人たち。自分が手を下すのは嫌だけどきっと必ず誰かが殺してくれるに違いないと考え、ツケで贅沢な買い物を始める人たち。彼を死刑にするのはお金のためではない、彼が犯した過去の不正を正すためであり、これは正義なのだという意識のすり替えに全員が染まっていく恐ろしさ。貧困の底であえいでいる住民たちのボロボロで灰色の服装に少しずつ黄色が増えていく様子は、彼らの意識の変化を視覚的に伝えると同時に、その分かりやすさゆえに背筋が寒くなる感じだ。億万長者となって街に戻ってきた初老の貴婦人が、17歳で妊娠した自分を捨ててほかの女性と結婚した当時の恋人に復讐する物語であり、娼婦に身を落とし客となった富豪たちとの結婚・離婚を繰り返して巨万の富を手に入れ何不自由ない生活を送りながらも何十年も捨てきれなかった恋人への想いを描いたラブストーリーでもあり、彼の遺体を棺に納めて連れ帰り永遠にそばに置く事こそが老婦人の望みなのだ。お金に対する欲望、愛に対する欲望を通して、人間のエゴイスティックな姿をヒリヒリと炙り出す、とても見応えのある舞台だった。秋山菜津子の非常にパワフルでありながら可愛らしさも滲む演技がとても良かった。