『二トラム/NITRAM』『ベルファスト』『英雄の証明』

4/6  ヒューマントラストシネマ有楽町で『二トラム/NITRAM』

4/19  TOHOシネマズシャンテで『ベルファスト

4/20  シネスイッチ銀座で『英雄の証明』

『二トラム/NITRAM』 1996年にオーストラリアで実際に起きた銃乱射事件を元にした作品。NITRAMとは事件を起こした犯人の名前MARTINを逆から読んだもので、マーティンは学校の同級生たちから二トラムと呼ばれて蔑まれいじめを受けていたらしい。この映画ではマーティンという名前は一度も出てこないのだけど、これは事件から題材は借りたけれども犯人マーティンの実像に迫るような内容ではないということの表れだと思う。彼がなぜ銃乱射事件を起こしたのかというはっきりした理由はわからない。けれどもその場の空気や他者の気持ちを慮ることができないために孤立してしまう青年の哀しみは痛いほど伝わってくる。事件の要因は個人の問題ではなく彼を取り巻く社会にあるのではないかという問いが突き付けられる映画だ。周囲になじめずうまくいかない毎日に苛立ちながらも自分の存在を認めてほしいと強く願っている青年の心情をケイレブ・ランドリー・ジョーンズが丁寧に演じている。ありのままの自分を愛してくれた二人(年上の恋人と父親)の死によって更に孤独を深めた彼は事件に向かって暴走していくのだけど、後半の淡々とした描写は少々退屈。息子に対して一度も笑顔を見せない母親役のジュディ・デイヴィスが忘れがたい強烈な印象を残す。

ベルファスト』 監督・脚本のケネス・ブラナーが自身の幼少期を投影して描いた半自伝的作品。生まれ育ったベルファストという街に対する愛、家族に対する愛に満ち溢れた映画で、ケネス・ブラナーってこんな映画も創るのだなとちょっと驚いた。1969年の北アイルランド紛争を背景に、プロテスタントカトリックの激しい対立によって、街中がひとつの大家族のようだったベルファストに分断が拡がっていき、9歳の少年バディの家族は故郷を離れて移住するかここに残るかの選択を迫られる。バディのじいちゃんとばあちゃん(キアラン・ハインズジュディ・デンチ、共にすばらしかった)は長い年月を深く愛し合って過ごしてきたラブラブ夫婦だし、父さんと母さんも移住について意見がぶつかり喧嘩する事はあっても、これまたいつまでも若い恋人同士のような相思相愛の素敵な夫婦だ。こんな家族に囲まれて惜しみなく愛情を注がれてしあわせに暮らしていたバディは、結局一家でベルファストを離れることになるのだけれど、最後のクレジットでケネス・ブラナーは、故郷に残った人にも離れた人にも敬意を捧げ、また紛争で命を落とした人々に悼みの言葉を贈っている。ささやかな暮らしを踏みにじる紛争の現実への視線がもう少し作中でも入った方が良かったのではないかとは思った。

『英雄の証明』 まさにSNS時代の恐さをまざまざと突き付けてくるイラン映画。借金を返せなかった罪で収監されている服役囚のラヒムは、婚約者が偶然拾った17枚の金貨を落とし主に返そうとしたことがメディアに取り上げられ、“正直者の囚人”という美談の英雄に祭り上げられていく。ラヒムの借金返済のために全国から寄付金が集まり、出所後の就職先も紹介され、明るい未来への希望に胸をはずませるラヒム。ところがこれは自作自演の狂言なのではないかという噂がSNSで流れ始めたとたん、ラヒムを取り巻く状況は一変し、名誉を挽回しようと焦ったラヒムはひとつの小さな嘘をついてしまう…。ひとを簡単に英雄として持ち上げ、また簡単に詐欺師として貶める。なんの確証もないままにただの噂話がさも真実のように拡散される。ひたすら周りに利用され振り回されるラヒムの姿が非常に悲しい。そしてラヒムを巡る騒動も人々は月日と共に簡単に忘れてしまうという現実を知りながらも、そんなものだで済ませたくない、人の気持ちを弄び平気で傷つける世界に物申すという強い意志が伝わってくる映画だった。