『パンドラの鐘』

6/8 シアターコクーンで『パンドラの鐘』 作:野田秀樹 演出:杉原邦生

太平洋戦争開戦前夜の長崎。
ピンカートン財団による古代遺跡の発掘作業が行われている。考古学者カナクギ教授の助手オズは、土深く埋もれていた数々の発掘物から、遠く忘れ去られて古代王国の姿を、鮮やかによみがえらせていく。

王の葬儀が行われている古代王国。兄の狂王を幽閉し、妹ヒメ女が王位を継ごうとしているのだ。従者たちは、棺桶と一緒に葬式屋も埋葬してしまおうとするが、ヒメ女はその中の一人ミズヲに魅かれ、命を助ける。
ヒメ女の王国は栄え、各国からの略奪品が運び込まれている。あるとき、ミズヲは異国の都市で掘り出した巨大な鐘を、ヒメ女のもとへ持ち帰るが……。
決して覗いてはならなかった「パンドラの鐘」に記された、王国滅亡の秘密とは? そして、古代の閃光の中に浮かび上がった<未来>の行方とは……。

パンドラの鐘 | Bunkamura

1999年初演時の蜷川版も野田版も未見で今回初めてこの作品を観たのだけど、主演の成田凌(ミズヲ)と葵わかな(ヒメ女)、二人が本当にすごく良かった。葵わかなは「冬のライオン」の時には可もなく不可もなくという印象だったけど、今作では気丈で気高く純粋な王女がとてもはまっていたし、成田凌は映像作品だと小さな声でぼそぼそ喋るイメージが強かったけど、よく通る声を響かせて口跡もよく過剰なことをしない動きには無駄がなくて、これが初舞台とは思えない堂々たる主演ぶりで観客を惹きつける魅力に溢れていた。20代の若々しい2人だからこそのまっすぐさ、ひたむきさが作品世界にピタリと合ったという感じだ。演出の杉原邦生はこの戯曲を読んで真っ先に能の「道成寺」歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」が頭に浮かんだのだそうで、幕開きはコクーンの舞台機構を剥き出しにした中、正方形の板の上に4本の柱が立っている場面から始まってまさに能舞台を思い起こさせ、これまで見たこともないほど巨大な釣鐘が登場し、ヒメ女が釣鐘の上に立つ演出もある。忘れ去られた古代の王国と太平洋戦争前夜の長崎をスピーディーに行き来しながら、物語は長崎に落とされた原爆の話に集約されていく。自分が犠牲になることで原爆投下を防いだ女王がいた古代王国と、実際に原爆が投下され多くの命が失われてしまった現実の日本、この二つの世界を重ねて描くことで、平和に対する願いとともに天皇の戦争責任にも鋭く言及していて、公式サイトが「日本の歴史のTABOO に真っ向から挑んだ衝撃作」と書いた意味を理解した。最後に舞台奥の扉が開いて渋谷の街が目に入ってくる演出はコクーン歌舞伎でもお馴染みだけれども、過去から学ばず2022年の現在も争いを繰り返している愚かさへの視線と感じられた。