『クレッシェンド 音楽の架け橋』『ガガーリン』『ドリームプラン』

2/11  ヒューマントラストシネマ有楽町で『クレッシェンド 音楽の架け橋』

2/25  ヒューマントラストシネマ有楽町で『ガガーリン』 

3/2  TOHOシネマズ日比谷で『ドリームプラン』

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『クレッシェンド 音楽の架け橋』 今も紛争が続くイスラエルパレスチナ。それぞれの国の音楽家が集まって1999年に設立された実在の和平オーケストラに着想を得て作成されたというこの映画は、プロの音楽家を夢見る若者たちの姿を通して、対立や憎悪の現実を浮き彫りにしていく。平和を祈るコンサートのため世界的な指揮者のもとにオーディションを勝ち抜いて集ったものの、テロや爆撃に晒される日常を生き、祖父母たちから争いの歴史を繰り返し聞かされて育った若者たちは、互いに対する悪感情を隠すことができず激しくぶつかり合う。マエストロが若者たちに相手の音をしっかり聴かなければ美しい音楽は生まれないと語り、演奏の指導よりもお互いを認め合うことを教えていくのは、簡単ではないけれど音イコール相手の声を聴くこと、そこにきっと共存への手掛かりがあるという願いだと思う。マエストロの試みはうまく運んだかに見えたけれど、刷り込まれた憎しみを消し去ることはできない。結局コンサートは実現できずに物語は終わるのだけど、寝食を共にして語り合い愛する音楽を共に演奏したことで若者たちの中に起きた変化は、ちいさいけれど確かな希望だと感じられる映画だと思った。

ガガーリン』 旧ソ連の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンの名を冠したパリ郊外の大規模団地“ガガーリン”。実在したこの団地は老朽化と2024年のパリ五輪のために2019年に取り壊されたそうで、この映画は解体前の団地で撮影を行ない、宇宙飛行士になることを夢見る16歳の少年ユーリの物語ではあるものの、ニュース映像や過去の入居者のインタビューなどで語られるガガーリン団地(に象徴されるような消えゆくものへの想い)が主人公とも言えるのではないかと思った。ユーリは生まれ育った団地の解体を何とか阻止しようと奮闘するけれど計画は着々と進み、住人は次々に退去して団地は無人になっていく。恋人のもとに行ったきり帰らない母を待ちながら、ユーリは空っぽになった住居を廃品を使って宇宙船に改造し、たった一人で暮らし始める。監督/脚本のファニー・リアタールによると「建物は母親のおなかの中を表していて、そこから出ていくことを拒む少年の姿が描かれている」のだそうだ。孤独な日々の中で生み出されるユーリの創造の世界が幻想的でとても美しい。辛い時こそ人は空想する力に助けられるのかもしれない。母親から捨てられた自分を無人になった団地に重ね、団地の解体=母親を失うことに抗い続けたユーリだけど、最後は自分の意志で外に一歩踏み出すことを決意する。過去への決別と新しい世界への再生を少年の目を通して瑞々しく描いた秀作だった。

『ドリームプラン』 ヴィーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹を世界チャンピオンに育て上げた父親リチャード・ウィリアムスの“実話”と謳っているけれど、どこが事実でどこからがフィクションかはよく分からない。「ドリームプラン」とは娘をテニス選手にするためにリチャードが書いた78ページの計画書のことだ。テニス経験皆無でお金もコネもない中で、2人の娘のために奮闘するリチャードの行動力は半端ない。けれども映画の原題「King Richard」がまさに言い当てているとおり、家族もコーチ陣も有無を言わさず自分の意見に従わせ、王のように振舞う独裁者のリチャードは相当問題のある人物だと思う。リチャードが娘たちの成功を心から願っていることは分かるし、初めての黒人テニスプレーヤーというマスコミや世間の注目(時には中傷や揶揄)から守りたいということもよく分かる。それまで白人選手しかいなかったテニス界にヴィーナスが出てきた時、私自身とても驚いた記憶があるし、映画の中でもヴィーナスが「商品」として扱われる危うさが描かれていた。そのあたりを主題にしてもよかったのではないかとも思ったけれども、それにしても破天荒という言葉では収まらないリチャードの良い面も悪い面も偏ることなく描いた映画ではあると思う。テニス界の裏側的な部分も垣間見え、また試合シーンはとても臨場感があって良かった。