『帰らない日曜日』

6/1 UPLINK吉祥寺で『帰らない日曜日』

1924年、初夏のように暖かな3月の日曜日。その日は、イギリス中のメイドが年に一度の里帰りを許される〈母の日〉。けれどニヴン家で働く孤児院育ちのジェーンに帰る家はなかった。そんな彼女のもとへ、秘密の関係を続けるアプリィ家の跡継ぎのポールから、「11時に正面玄関へ」という誘いが舞い込む。幼馴染のエマとの結婚式を控えるポールは、前祝いの昼食会への遅刻を決め込み、邸の寝室でジェーンと抱き合う。やがてポールは昼食会へと向かい、ジェーンは広大な無人の館を一糸まとわぬ姿で探索する。だが、ニヴン家に戻ったジェーンを、思わぬ知らせが待っていた。今、小説家になったジェーンは振り返る。彼女の人生を永遠に変えた日のことを──。

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「むかし、むかし…」で始まる映画は、ジェーンの視線で語られる自分とポールの恋の日々に、メイドから作家になり当時の出来事を小説にしようとしている数年後のジェーン、さらに晩年、数々の賞に輝く大作家となったジェーンが過去を思い起こしている姿が、交互に差し込まれて描かれていく。そしてある日曜日に起きた悲劇が映画の後半で明らかにされる。ジェーンとポールは確かに身分の違いということはあるけれども、ポールが「君は大切な友だちだ」というように互いに心を許して語り合える関係であり、ソウルメイトといってもいいのかもしれない。またこの映画の背景には第一次世界大戦で多くの若者が命を落としたという現実があり、兄二人が戦死してひとり残ったポールは、恋人が戦死した幼馴染のエマと結婚することを生き残った者の当然の義務と受け止めていて、ジェーンもポールも自身の置かれた立場を踏み外すような人間ではない。メイドの悲恋という描き方ではなく、経験から自分の生き方を模索し、ひとりの人間として自己を確立していくジェーンの姿を非常に美しい映像で浮かび上がらせる作品だ。ポールの言動は現代の感覚からすると身勝手で上から目線に取られかねないところもあるけれど、演じるジョシュ・オコナーの繊細で誠実な人の良さが自然と伝わる演技によって嫌な人物という印象にはならない。ジェーンを演じたオデッサ・ヤングも意思の強さを感じさせる目がとても良かったし、二人の息子を戦争で亡くして抜け殻になった母親を演じたオリヴィア・コールマンも、そんな妻を案じながら自らも深い悲しみから立ち直れない夫を演じたコリン・ファースも、確かな存在感を示す好演だった。