『奇蹟 miracle one-way ticket』

3/23 世田谷パブリックシアターで、シス・カンパニー『奇蹟 miracle one-way ticket』作:北村想 演出:寺十吾

<公式サイトのあらすじ>

男の名は、法水連太郎のりみずれんたろう井上芳雄)。警視庁などのコンサルタントも務める私立探偵である。そして、何かとこの探偵を支えてきたのが、高校時代からの親友で、現役の医師である楯鉾寸心たてほこすんしん鈴木浩介)だ。
ある時、探偵が残した「キキュウの依頼あり、出かける」との書き置きを見て、楯鉾は彼を追いかけ、深い森へと迷い込んだ。そこで、傷を負い深い眠りについた探偵・法水を見つけ出したのだが、目覚めた探偵はあたりを見回し、こう口を開いた…
「誰だかワカラヌ私は、何処だかワカラヌここで何をしているのだ…」
探偵は、この”迷いの森“から何の依頼で呼び出されたのか…。一体、依頼者は誰なのか…。記憶を失くした名探偵とその親友は、出口の見えない森の奥深くへ歩を進める…
そこに次々と現れる謎に満ちた人々は、現実なのか、はたまた忘却の記憶が生んだ幻なのか…

 

とにかく映像と舞台美術がとても印象に残る公演だった。プロジェクションマッピングをほとんど全編通して使っていて、説明台詞がけっこう多い作品なのだけど、台詞に出てくる固有名詞とか年代とかも映像で映すので、これ俳優が台詞まちがえたら即バレるなとか要らぬ心配をしてしまった。井上芳雄鈴木浩介がシャーロックとワトソンよろしく謎解きコンビになるお話。2人の掛け合いは息が合っていてとても楽しく観られたけれど、この舞台で言いたいこと・伝えたいことが今一つ私には不鮮明で、ここかなと思ったところも割とすっと流されていて、半端な形で社会的な問題を入れるより、もっと喜劇一色にしても良かったのではないかと思った。あとミュージカルでも音楽劇でもないのに井上芳雄が生で3曲歌うシーンは、ファンサービスということなのだろうか、客席からは拍手が起きて喜んでいるひとももちろんいただろうけれど、私はこれ必要あるのかなと疑問に思った。

『THE BATMAN ーザ・バットマンー』

3/16 TOHOシネマズ日比谷で『THE BATMANザ・バットマンー』

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両親殺害犯への復讐を胸に秘めたブルース・ウェインが、悪を倒す“バットマン”としての活動を始めて2年目。若きバットマンの姿を描く新シリーズは、ロバート・パティントンが持つミステリアスな雰囲気も相まって、確かにこれまでのバットマンとは一線を画した作品になっていた。まだ実績をそんなに積んでいないバットマンは、事件現場に行っても「何しに来た、邪魔だ」と警官たちから鬱陶しがられている。唯一味方のジェームズ・ゴードン警部補はバットマンの“探偵”としての能力を買っていて、2人は協力して事件の真相を探っていく。この探偵バットマンという立ち位置が強く前面に出されていて、武闘派というよりも頭脳派というか、犯人リドラーが残した謎をバットマンが解き明かしていくという展開だ。暗い目をしていつも不機嫌そうで、内に抱えた怒りを持て余しているような、バットマンとしての在り方にまだ確信が持てないような、そんなブルースにロバート・パティントンはぴったりだと思う。2時間56分という長尺ながら全く飽きることのない面白さで、今後はどうなるのか次回作も楽しみになった。

三月大歌舞伎から 第二部『河内山』『芝浜革財布』

3/16 歌舞伎座で『河内山』『芝浜革財布』 

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『河内山』 仁左衛門さんが体調不良のため9日から当面休演と聞いて、やはり吉右衛門さんのことが頭に浮かんでとても心配したけれども、この16日から復帰となって、長患いになるような事がなくて本当に良かったと思った。仁左衛門さんの河内山が花道から登場したところで場内からは大きな拍手が起きて、待ってました、お帰りなさいの気持ちが歌舞伎座いっぱいに溢れていた。歌舞伎界で今、一番集客力があるのは間違いなく仁左衛門さんで、出演公演が休みなく続いているので(来月も玉三郎さんとの共演だ)お身体大切にと願わずにいられない。この日は休演明けという意識がこちらに働いたせいか、いつになく声に張りがないような、立ち居振る舞いもゆっくり確かめながらというように感じられて、大丈夫かなとちょっとドキドキしたけれども、芝居が進むにつれてそんな心配はどこかに吹き飛んで、小狡さの中にも愛嬌があり品の良さをにじませる仁左衛門さんの河内山を堪能した。

『芝浜革財布』 久しぶりに「芝浜」を観た。菊五郎さんも左團次さんも最近観た芝居の中ではいちばん元気で声もよく出ていて、舞台を楽しんで演じている様子にこちらの顔もほころんでしまった。長屋の面々も息が合っていて、アンサンブルの良さが伝わってくる。駄目な亭主と支える女房の話なのだけど、長屋の宴会シーンでそれぞれが自分の女房自慢をするところが可笑しくてかわいくて良い。笑ってホロリとして、いい話だなあとあらためて思った。

 

『林檎とポラロイド』

3/15 ヒューマントラストシネマ有楽町で『林檎とポラロイド』

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予告編を観た時には、記憶を失った男が少しずつ過去を思い出していく話なのだろうと思っていたのだけど、映画の途中でもしかしたら男は「記憶喪失のふりをしているのでは?」と疑問を感じ、それは物語を追うに従って確信になっていった。少しずつ観客に気付かせていく過程がとても巧みだ。そしてなぜ記憶喪失のふりをしているのか、終盤に明かされたその理由に涙がこみ上げた。妻を亡くしたという事実を受け止められず、すべて忘れたい、無かったことにしたい、消し去ってしまいたいという深い深い哀しみが、記憶喪失という逃げ場を見つけたのだ。この作品は状況や気持ちを説明するような台詞がほとんどなく静かな映像が多くを語り、そこに想像の余白も残る映画だ。患者として与えられていた部屋から2人で暮らしていた家に戻り、妻の遺品をひとり片付け始める男の表情には、最後の最後に現実と向き合う選択をした男の、これからも妻の思い出を胸に哀しみと共に生きていくという覚悟が滲んで胸を打たれた。とても好きな映画の一本になった。

オフィスコットーネプロデュース『サヨナフ—ピストル連続射殺魔ノリオの青春』

3/14 シアター711でオフィスコットーネプロデュース『サヨナフ—ピストル連続射殺魔ノリオの青春』 作:大竹野正典 演出:松本祐子

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フィスコットーネが大竹野正典没後10年記念企画として上演した作品のうち「埒もなく汚れなく」「山の声」「さなぎの教室」は2019年に観ていて、この『サヨナフ』は2020年に上演予定だったものが緊急事態宣言をうけて延期となり、今回あらためての上演となった舞台。この作品が初演されたのは永山則夫の死刑執行から5年後の2002年だそうで、それから20年が経った今、永山則夫と聞いてもピンとこない人も少なくないだろう中、私が観た回は補助席も含めて満席だった。死刑執行を明日に控えた一夜、永山の前に彼によって殺された4人の男たち、永山の母親、姉が幻影となって表れ、彼らの言葉から永山則夫の幼少期から19歳で殺人事件をおこすまでの半生が明かされていく。父親の失踪、母親の育児放棄、兄たちからの虐待暴力など、その家庭環境は辛いもので、居場所がみつからず職場も住まいも転々としながら孤独を募らせ歪んでいく永山の姿を通して、生まれや育ちによる格差、貧困の連鎖など、現代にも繋がる問題が重く心にのしかかる作品だった。出演者の中では女優さん2人がとても良かったのだけど、特に母親が永山宛てに書いた手紙の「早くお金を送ってください。母」という、この“母”の言い方、愛情のかけらも感じられない、投げつけるように突き放す言い方が、この母親のすべてを表わしているようで非常に耳に残る一言だった。

松竹ブロードウェイシネマ『プレゼント・ラフター』

3/11 東劇で松竹ブロードウェイシネマ『プレゼント・ラフター』

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ケヴィン・クラインが2017年のトニー賞を受賞したという舞台の映像化。NTLiveで観たアンドリュー・スコット版は、主人公のギャリーはバイセクシャルな人物という設定にしていたけれども、ケヴィン・クライン版はノエル・カワードの原作通り、ギャリーが関係を持つのは全員女性だ。この役を演じることを熱望していたというケヴィン・クラインが、2017年の時点で70歳という年齢をまったく感じさせず(劇中の設定ではギャリーは57歳ということになっている)、コミカルな動きの若々しさも声を使い分けた台詞回しの巧みさも観客を惹きつける魅力に溢れている。アンドリュー・スコットのギャリーもすばらしかったけれど、ケヴィン・クラインはわがままで自分勝手なスター俳優という一面よりも、ひとりが苦手な寂しがりやで根が優しいがために人からの頼まれ事に嫌と言えない、そんなギャリーの憎めないチャーミングさがより前面に出ていたように思う。俳優ケヴィン・クラインを好きになること間違いなしの舞台。映像で見られてほんとに良かった。

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関西演劇祭 in Tokyo オパンポン創造社『最後の晩餐』、くによし組『眠る女とその周辺について』

3/9 新宿シアタートップスで、オパンポン創造社『最後の晩餐』作・演出:野村有志、くによし組『眠る女とその周辺について』作・演出:國吉咲貴

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関西演劇祭で受賞した団体の作品を東京で上演するという企画。ならば観たことのない団体を選んで観るべきなのだろうけれども、オパンポン創造社の『最後の晩餐』は面白いという感想を何度か目にしていながらこれまで未見だったので、この機会に是非とも観たいと思ったし、くによし組の『眠る女とその周辺について』は劇団員の永井一信のために書かれた作品がコロナの影響で公演中止になったことを聞き知っていたので今回観てみようと思って、そんなわけで観劇経験のある2団体の上演回を選択した。ちなみに関西演劇祭なのにどうしてくによし組がと思ったら、参加団体に関西在住という縛りは無いのだそうだ。『最後の晩餐』は隕石衝突によって地球が滅亡する日の物語。死ぬ前にやりたかった事をやるといきなりSMの女王様になった妻と、奴隷に志願した青年と、困惑する夫の姿は可笑しくも哀しい。野村有志の脚本は人間の滑稽さを拡大して描きながらいつも最後は少し優しくてそこがいいと思う。『眠る女とその周辺について』は目覚める事なく眠り続ける女性を中心に、介護が必要なひとを巡って起こる問題が描かれていく。赤の他人なのに彼女の面倒を押し付けられた青年の困惑、彼が暮らすシェアハウスでの他者とのいざこざ。うっかり笑った後にふと我に返って怖くなる、これまで以上にその怖さがじわじわと沁みてくるような作品だった。