『復讐者たち』『アウシュヴィッツ・レポート』

8/4 ヒューマントラストシネマ有楽町で『復讐者たち』『アウシュヴィッツ・レポート』 どちらもホロコーストを題材に実話をもとにして描かれた作品だ。

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 『復讐者たち』 1945年、アウシュヴィッツを生き延びて故郷に帰ってきたマックスは、生き別れになった妻と息子がナチスに殺されていたことを知る。激しい復讐心を募らせたマックスは、ナチスの残党を探し出してひそかに処刑しているユダヤ旅団の一員となる。そしてもうひとつのユダヤ人集団ナカムは「600万人の死には600万人の死を」という思想のもとに相手がドイツ人なら民間人でも殺す過激な報復行為を行なっていた。ナカムを危険視するユダヤ旅団のミハイルに協力して、マックスはスパイとしてナカムに潜入することに成功。水道水に毒を混入する大量虐殺計画「プランA」の全容を突き止めていく。実際にはナカムの首謀者が逮捕されてプランAが実行されることはなかったのだけど、家族や同胞を殺された怒りと絶望が、自分たちと同様に何百万人の命が奪われることを願い当然のむくいだと考える人々を生んだという事実。それはホロコーストが齎したもうひとつの負の側面であり、映画の終盤で語られる「憎しみに憎しみをかえす事が復讐ではない、生きてしあわせな生涯をおくる事こそが最大の復讐なのだ」という言葉に、この映画が伝えたいことの全てがあると思った。マックスを演じたアウグスト・ディールは、2019年のテレンス・マリック監督作「名もなき生涯」のナチス政権に抵抗する農夫役が強く印象に残っているけれど、この映画でも復讐心と道義心の間で揺れ動くマックスの心情を繊細に表現していてとても良かった。ただ1点、登場人物たちが全編英語で演じていたのは何故なのだろうと、そこはすごく気になった。

アウシュヴィッツ・レポート』 1942年にアウシュヴィッツに強制収容されたスロバキアユダヤ人の2人の青年。2人は1944年4月に収容所から脱走して、アウシュヴィッツの実情を訴える32ページのレポートを完成させる。この映画は2人の脱走の1日目から、国境を超えるための命懸けの旅、書き上げたレポートを赤十字の職員に渡すまでの過酷な日々を追い、レポートによって明らかにされたアウシュヴィッツでの虐殺・拷問の実態、そして2人と同じ宿舎にいた者たちが脱走に協力したとして残酷な責め苦を受ける様をあわせて描いていく。アウシュヴィッツを扱った映画はたくさんあるけれど、この映画の収容所内のシーンでは本当にもう何度も目をつぶりたくなり、こんなにも恐ろしく非道なことが実際に行なわれたのだという事実を突きつけられて胸が苦しくなった。この辛い映画の中で希望となるのは、ホロコーストの実態を暴露するという使命に命を懸けた2人の青年の勇気ある行動が、収容所へのユダヤ人の移送をとめることに繋がり多くの命が救われたということだ。そして一番心を動かされたのは映画のエンドロール、世界各国の政治家たちのヘイト発言の数々が流れてきた時には思わず声が出た。移民や同性愛者、マイノリティに対する差別や偏見、過剰なナショナリズムを謳う政党の躍進など、世界には相変わらず憎悪の感情が溢れ、それは昨今ますます酷い状況になっていることが政治家たちの発言から如実に伝わってくる。世界から憎悪が完全に消えてなくなることはない。けれどもよりよい未来のために私たちは過去を知り過去から学ぶことを忘れてはならず、だからこそこの映画のような作品が作られる必要があるのだという製作者たちの強い意志をひしひしと感じた。