『逃げた女』『スーパーノヴァ』

6/29 ヒューマントラストシネマ有楽町で『逃げた女』

7/1 TOHOシネマズシャンテで『スーパーノヴァ

f:id:izmysn:20210702155300j:plain
f:id:izmysn:20210702155309j:plain

『逃げた女』 夫の出張中に3人の女友だちと再会したガミ(キム・ミニ)。結婚して5年間、これまで夫とは一日も離れたことがないと話す。そういうガミは少しも幸せそうに見えない。女性同士で結婚や恋愛や仕事のことを話すけど、ガミの望みが何なのかは不透明だ。何気ない会話の積み重ねの中から、観客はガミの心情を想像する。私の前の席に座っていた男性は途中から爆睡していたけどまあつまらないと感じればそうなるだろう。登場する女性たちの心の動きを静かに追う映画で、その過程が私には退屈ではなかった。

スーパーノヴァ』 ピアニストのサム(コリン・ファース)と作家のタスカー(スタンリー・トゥッチ)は長年連れ添ったパートナー。さりげない2人の会話の行間から、数年前にタスカーが若年性認知症と診断されたこと、それ以来お互い言葉に出さないながらそれぞれ複雑な想いを抱えて暮らしてきたことが分かってくる。病状が悪化してサムの負担になることを恐れるタスカー。自分にタスカーの面倒を見続ける覚悟が持てるのか恐れるサム。難病と尊厳死というテーマはけっして目新しいものではないけれど、主演2人の繊細な演技がこの物語を特別なものにしている。特にタスカーを演じたスタンリー・トゥッチは私が知っている出演作の中では一番良かったと思う。本当にすばらしかった。この映画に状況を説明するような余計な台詞が一切ないのも好きだ。削ぎ落された言葉だけで成り立つ会話の余白から立ち上がる感情に思いを馳せ、交わされる視線、おたがいに触れる仕草、そんな小さな瞬間から2人が心から愛し合っていることを切々と感じる。そして物語の終盤でこれから先に望む結末がお互いに大きく異なった時、どちらの選択も苦しく辛く、観ていて胸が痛くなったけれど、2人が何を選択したかということも言葉にされることはない。サムがピアノを弾く後ろ姿と、大切に持ち歩いていた箱がテーブルに静かに置かれているのを見るタスカーの視線で、観客は映画の前半で描かれていたエピソードを思い返し、ああそうなのかと知るのだ。エンディングでサムが弾く曲もまた、タスカーが言っていた言葉に繋がり、タスカーの願いにサムが応えているのだと伝える。愛し愛されることについての美しくてビターな秀作だった。またこの映画では同性愛者を特別視するひとは誰一人出てこなくて、同性カップルをごくあたりまえの存在として描いているのだけど、ただ映画を観る方の側で今度は誰々が同性愛者を演じるということが話題になったりとかは依然としてあって、たとえば異性愛者の老夫婦が主人公の物語だったら宣伝の仕方とか観客の反応もまた違っただろうとか、そんなことも考えた。 

youtu.be