『アメリカン・ユートピア』

6/17 TOHOシネマズ日本橋で『アメリカン・ユートピア

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2019年にブロードウェイで大評判になったというショーをスパイク・リーが映画化。デイヴィット・バーンの歌もダンスも語りも本当に本当にすばらしくて、“カッコいい”とはまさにこれだ!これぞ“カッコいい”の本物だ!と身体が震えて映像から目が離せない。11人のバンドメンバーも演奏だけではなく歌やダンスも巧みにこなして、レベルの高さに圧倒される。ほぼ正方形のステージ上で展開される緻密に計算されたパフォーマンスを真上から撮影したシーンが非常に印象的。歳を重ねてもデイヴィット・バーンのカリスマ性は健在で、たまらなく人を惹きつける魅力にあふれている。ショーの始まりに示された「他者とのつながり」というテーマに最後でまた光があたる構成もとても良かった。

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『ビーチ・バム まじめに不真面目』

6/16 ヒューマントラストシネマ渋谷で『ビーチ・バム まじめに不真面目』

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 マシュー・マコノヒーは特別好きでも嫌いでもない俳優だけど、この映画は主人公のムーンドッグをすごく魅力的に演じていてとても良かった。酒と女とクスリをこよなく愛し、常識や規則に縛られることなく自由であることを最優先に生きているムーンドッグ。はちゃめちゃだけれど少しも嫌なところがなくて、いつもゴキゲンで愛嬌と可愛らしさに溢れていて、家族も友人知人たちもその破天荒な性格にあきれながらもムーンドッグを心から愛しているし、その詩人としての才能も高く認めている。劇中では不幸な出来事も起きるけれど、どん底の状態でもお金があっても無くても、ムーンドッグから放たれるハッピーはオーラは色褪せない。好きなことを全力で楽しむ人生を讃えて、笑顔と元気をもらえる映画だった。

イキウメ『外の道』

6/15 シアタートラムでイキウメ『外の道』 作・演出:前川知大

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どこからかゴオオオオーンという音が日に何度も鳴る街で、二十数年ぶりに偶然再会した同級生の男と女。語り合ううちにそれぞれが不可思議な問題を抱えていることが分かってくる。男はある手品師との出会いから世界を新しい目で見ることができるようになり、妻が最近とても美しくなったのは浮気をしているからだと疑っている。女は品名に“無”と書かれた宅配便を受け取り、何も入っていない空っぽの段ボール箱から家中に拡がっていく“無”がもたらす闇に取り込まれている。答えがはっきり示されるわけではなく、正体不明の不安に襲われてゾクゾクするうすら怖い話なのだけど、そのように見える人にしか見えないものというのは、想像から生まれたものとも言えるのだ。男は新しい目を持った気がしていて、女は“無”がそこに黒い塊として在る気がしている。本人たちにとってそれは本当で現実だけれども、周りの人たちはその言動を理解することができないから、世間と二人の距離はどんどん遠くなっていく。そして今までと同じ生活ができなくなった二人は“無”の闇の中に入っていく決断をする。“無”が何を表わしているのか私には最後まで分からなかったけれど、場内が真っ暗になる長い暗転の中で聞こえてくる、どうせ暗闇の中で想像するならば少しでも美しいものを…という台詞に、すべてが失われた場所から見える小さな光のようなものというか、想像する力は哀しみや辛さを超えていく拠り所にもなるのだという思いが残る結末だった。

『夜への長い旅路』

6/9 シアターコクーンで『夜への長い旅路』 作:ユージン・オニール、演出:フィリップ・ブリーン

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劇作家のユージン・オニールノーベル文学賞受賞者で“アメリカ近代劇の父”と称されていて、この作品で4度目のピュリッツァー賞を獲得したのだという。私はこの作家の作品は初めてで、演出のフィリップ・ブリーンが2019年に観た三浦春馬主演の「罪と罰」の演出家だということ以外、物語の概要もあらすじも頭に入れないようにして白紙の状態で観たのだけど、観劇後に読んだチラシにも公式ホームページにも大竹しのぶ演じる母親メアリーは「モルヒネ中毒」であると書いてあって、この情報を最初から知って観るのと知らないで観るのとでは緊張感がまったく違ったのではないかと思った。

もちろん私が観たことがなかっただけでとても有名な作家の作品であり、また日本でもこれまで何度か上演されている作品ということで、母親のモルヒネ中毒というのは作品を知っている人には自明のことで特に隠しておく情報ではないということだろう。知らずに観た私は、家族たちの会話からメアリーがなんらかの依存症らしいと感じたものの、メアリー本人は家族の遠回しな探りをいれてくるような物言いに腹を立てていて、療養所から戻ってきたという台詞から彼女は精神の病だったのだろうか、とか思ったり、一幕目はメアリーについての事実がはっきり言葉にされないことが非常にスリリングというか、一言一言にものすごく集中して物語を追うことになった。

このあきらかに不安定なメアリーを中心に、夫と妻、父と息子、母と息子、兄と弟の、壮絶な会話劇が繰り広げられる。二幕目早々にメアリーがモルヒネ中毒であること、療養所に入ってせっかくやめていた薬を最近また始めたことが明らかにされる。そこから家族たちがお互いに投げつけ合う言葉は、それを言ってしまったら取り返しがつかないというような罵詈雑言の応酬で、憎しみや嫉妬の赤裸々な感情が露呈されていく。それでも根底には家族としての愛情があるだけに、どうしてこうなってしまったのか、相手を責めながらもそれぞれが原因は自分にあるのだという後悔も抱えている辛さ。この上演では舞台上に白い大きな布がワイヤーで吊られていて、この布の塊が物語の進行につれて上下したりねじられたりして形を変えていく。その際に低い機械音のような重たく響く音が流れて不穏さを増す。最後に白い布はメアリーが結婚式の時に着たウエディングドレスに見立てられて、モルヒネによる幻覚を起こしたメアリーが少女時代の幸せを語り続け、それをただ見つめる夫と息子たちの姿で幕になる。家族という名の枠組みの中で、孤独や哀しみから逃れることができない人間の業が浮かび上がり、非常に心に刺さる3時間半だった。

私には映像で見るよりも舞台の方が格段良いと思う俳優が何人かいるのだけど、池田成志はまさにその一人だ。この舞台の成志さんも、若い頃の苦労と挫折を引きずり金にうるさい横暴な吝嗇家の父親ジェームズを見事に演じていてとても良かった。大竹しのぶのメアリーは言わずもがなの素晴らしさ。これが初舞台だという杉野遥亮が長い独白の場面など精一杯という部分もありながら健闘していて好感をもった。 

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六月大歌舞伎から 第二部『桜姫東文章 下の巻』

6/9 歌舞伎座で『桜姫東文章 下の巻』

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大評判だった4月の「上の巻」を受けて、一席ずつ空けての販売とはいえ完売・満席の歌舞伎座で「下の巻」鑑賞。今月も仁左衛門さんと玉三郎さんの若々しさと美しさに目を見張り、奇跡のようなお二人の演じる南北の世界を心から堪能した。岩淵庵室の場で共に死のうと桜姫に迫る清玄と抵抗する桜姫の立ち回り、ひとつひとつの見得に息をのみ引き込まれ、この場は清玄と権助の早変わりも見どころで、仁左衛門さんの権助は滲み出す悪党の色気がほんとうに素敵だ。権助住居の場で権助が父と弟を殺した仇であることを知った桜姫が権助を殺害する場面、この2回目の立ち回りも客席は大いに沸いて拍手喝采だった。そして殺したり殺されたりの物語ながら、やはり仁左衛門さんと玉三郎さんはお互いのことがほんとに好きなんだろうなあという雰囲気が芝居の中でも垣間見えるのが、お二人が共演する演目の魅力のひとつになっていると思う。「桜姫」を通しではなく、上下に分けて上演することで実現したという今回の再演。おそらくこのお二人でもう一度の再演はないだろうけれど、役者の年齢を超えて伝わる芸の素晴らしさと歌舞伎の面白さを存分に伝えてくれる上演だった。観られてほんとうに良かった。

『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』

6/8 Bunkamura ル・シネマで『アメイジング・グレイスアレサ・フランクリン

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1972年に教会で行われたライブを収録したゴスペル・アルバム「AMAZING GRACE」。そのライブ風景を撮影した記録映画で、シドニー・ポラックが監督を務めている。もちろんアレサ・フランクリンの歌声は圧倒的に素晴らしい。ピアノの弾き語りシーンもあるのだけど、ピアノの演奏もとても上手だ。アレサの歌に感極まって涙ぐんだり立ち上がって歓声をあげる聴衆の様子などが度々映されて、その中には若かりし頃のミック・ジャガーの姿もある。アレサに対する人々の熱狂が伝わってきて、ライブならではの楽しみが詰まった作品。ただ一点、バックコーラスを務める聖歌隊がすごく素人っぽいというか微妙に下手で、アレサの歌に集中したいのにはっきり言って邪魔と感じる部分もあったのはちょっと残念だった。

新ロイヤル大衆舎『王将』-三部作-

6/5 KAAT神奈川芸術劇場で新ロイヤル大衆舎『王将』-三部作-  作:北條秀司、演出・構成台本:長塚圭史

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 KAATの1階広場(アトリウム)に特設劇場を設営して、伝説の棋士坂田三吉の生涯を3部構成で描く本作、一挙上演の日を選んで3部続けて観てきた。

公演は今日(6/6)が千穐楽なのだけど、この特設劇場がほんとに昔の芝居小屋のような雰囲気でなかなか良かったので、その様子を紹介している新ロイヤル大衆舎のyoutubeはこちら。


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明治39年(1906年)、大阪では素人名人と呼ばれるほどの存在ながらプロ棋士との対戦で惜敗した悔しさから将棋の道を究めていくことを心に誓った三吉が、昭和21年(1946年)に76歳で亡くなるまでの40年間。家族や弟子、後援会の人たちとの交流や別れ、東京の将棋連盟との対立、将棋界からの孤立など、その波乱万丈な生き様を人情味あふれる語り口で描き出していく。将棋のことしか頭になくて、周囲を振り回しながらも憎めない愛嬌があり、誰もが愛さずにはいられない人物として坂田三吉を演じた福田転球、本当にすばらしかった。あの可愛らしさはちょっと無敵だと思う。周りの俳優たちもとても良かったし、三吉と女房小春(常盤貴子)以外のメンバーは老若男女とわず何役も兼ねていて、待機している袖、といっても幕一枚で隔てただけの場所なのだけど、その様子がちらちら見えてきたりするのも楽しい。暗転もできない空間の中で、照明がすごく良い仕事をしていたのも印象に残った。また出演者のほとんどが関西出身ということで“大阪愛”も強く感じられて、このあと予定されていた大阪公演がコロナの影響で中止になったのはとても無念であろうし、大阪ではきっとまた一段違う盛り上がりをみせる芝居だと思うので、いつの日か大阪公演が実現しますようにと願いたい。