九月大歌舞伎から 第一部『お江戸みやげ』、第三部『東海道四谷怪談』

9/14 歌舞伎座で『お江戸みやげ』作:川口松太郎、『東海道四谷怪談』作:四世鶴屋南北

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『お江戸みやげ』 これもまたずいぶん昔になるけれど、先代の芝翫さんのお辻、富十郎さんのおゆうの顔合わせで観て、いっぺんで大好きになった演目。倹約家でしっかり者のお辻と、お酒好きでおおらかなおゆう。演じたお二人が本当にはまり役で、お辻とおゆうは言い争いをしながらも長年心を許し合った仲良しだということがその絶妙な掛け合いから伝わってきてとても楽しかった。今回は当代の芝翫さんがお辻、勘九郎さんがおゆうをどちらも初役で演じている。普段は立役の芝翫さんのお辻はどうなのかと思ったけれど、第一声から先代を彷彿とさせてやはり親子。ただし、若い時から苦労を重ねて亭主にも死に別れたお辻が、一目ぼれした芝居役者の苦難を知ってなんとか助けようと行商で稼いだお金を財布ごと渡す、その想いの切なさ・ほろ苦さが先代の芝翫さんは本当に素晴らしくて非常に胸を打たれたのだけど、このあたりはさすがに少々物足りない。勘九郎さんのおゆうはちょっと小賢しさが勝っている印象で、富十郎さんから感じたような体型だけじゃなくて心持ちが丸くておおきくて暖かい感じがもっと出るとよかったと思う。幕開きに福助さんが常磐津の師匠役で出ていて、台詞はゆっくりだけどしっかり声が出ていたし、不自由な右半身を庇いながらも支えなしに一人で立って歩いて、大向こうが禁止でなければ「成駒屋!」の声が飛び交ったであろう客席からは大きな拍手が起こった。

東海道四谷怪談』 今年、仁左衛門さんと玉三郎さんの共演は二月の「お染久松」四月・六月の「桜姫」に続いて4度目。毎回いっぱいの客席で人気の高さは言わずもがな、観客を魅了する華も実力もあるお二人の芝居を今回も堪能した。仁左衛門さんが伊右衛門を演じるのは38年振り、玉三郎さんのお岩との共演も38年ぶりとのことで、そんなに久しぶりというのはちょっと意外だった。この顔合わせの「四谷怪談」を私は初見だったけど、今、色悪を演じて仁左衛門さんの右に出るひとはいないのではないかと思う。その色気といい凄みといい、非道な悪党でありながらゾクゾクするような魅力に溢れている。玉三郎さんのお岩はやつれた姿でもやはり非常に美しく、また台詞に込める感情がすごくリアルで、お岩の哀しみが切々と伝わってくる。余計なことは何もせず、伊右衛門の裏切りに対する絶望が恨みに変わるさまがただただ恐ろしい。仁左衛門さん玉三郎さんの共演を観られる時代に生きている幸せ。今回は伊右衛門浪宅の場から隠亡堀の場までの上演で、2時間以内という制限を設けて上演している中では仕方ないことだし、もちろん十分に楽しめたのだけれど、通しでも観てみたかったという思いは残った。

そして毎年九月は秀山祭の月だったのが今年は吉右衛門さん療養中とのことで所縁の上演がないのは寂しいかぎり。吉右衛門さんがまた舞台で元気な姿をみせてくれることを願わずにいられない。