『近松心中物語』

9/15  KAAT神奈川芸術劇場ホールで『近松心中物語』 作:秋元松代 演出:長塚圭史

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観劇前に秋元松代の戯曲を読み直して、昨年観た「常陸海尊」は東北の言葉、「近松心中物語」では大阪の言葉という、方言で語ることから伝わる力、方言が持つ魅力というものを戯曲からあらためて感じたのだけれど、今回の舞台は元禄時代の大阪という設定でありながら全体に大阪弁のイントネーションには細かくこだわっていない印象を受けた。音の上げ下げにこだわるよりもその台詞で何を伝えるかを優先したということだろうか。登場人物たちは鬘に着物の装いだけど、その時代に生きていた人々という感じもいまひとつ薄い。この作品で描かれる身分や貧富の格差は現代にも通じるテーマ、というのは演出の長塚圭史がインタビュー記事で語っていた言葉だけれど、佇まいとか言葉とかそちらの方がまず先に「現代」になっているように感じた。特に与兵衛(松田龍平)とお亀(石橋静河)は、モラトリアム青年の見本のような与兵衛が、気丈で口も達者なお亀に終始引きずられていて「現代的」なカップルそのものだ。2人の会話の背景が渋谷の繁華街でも全く違和感がない感じ。与兵衛に対しては客席から何度も笑い声が起こって、松田龍平という俳優が持っているイメージが重なるのか、これはもうけ役だなと思った。イメージということで言うと田中哲司は不良中年というかちょいワルな役柄が思い浮かぶ俳優だと思うのだけど(これまでに観た舞台では「ハングマン」も「神の子」もそうだったし)今回は真面目一方で融通が利かない堅物の忠兵衛、一目ぼれした遊女梅川を一途に愛しぬく20代の若者を、高めの声や所作で若さを表現しつつ熱を持って演じていて良かったと思う。それにしても昨年あたりから八百屋舞台とか開帳場の作品がなんだか多いなと思っていて、この作品でも舞台の傾斜はかなりきつくて演じる俳優陣は大変そうだ。忠兵衛が八右衛門の名前を叫びながら奥から走り出てくる場面では、つつっと足袋がすべって転びそうになった田中哲司にヒヤッとした。忠兵衛と梅川の心中の場面は、死を決意した2人が互いにその心情を切々と語る言葉を丁寧に聞かせて、ここで盛り上げようとかここぞ見せ場みたいな演出をしないのが良いと思った。