国立劇場11月歌舞伎公演『一谷嫩軍記』

11/17 国立劇場大劇場で『一谷嫩軍記』 作:並木宗輔

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『一谷嫩軍記』三段目の通称「熊谷陣屋」、演出に団十郎型と芝翫型があるということを初めて知った。現在演じられているのは団十郎型で、芝翫型はほとんど上演されてこなかったらしい。当代の芝翫さんが熊谷次郎直実を芝翫型で演じるのは3回目だそうで、私は今回が初見だ。団十郎型の熊谷が心理劇というか腹芸でみせる内面を重視した“静”の印象なのに比べて、今回の芝翫型は真っ赤に塗った赤っ面にも驚いたけれど、ゴツゴツとしていて感情豊かで、舌を出しての決まりや動きも大きく、形容重視の“動”の熊谷だ。そして非常に人間味に溢れており、身替りにした息子小次郎を思っての嘆きは、まさに心の叫びという慟哭で胸を突かれた。「十六年はひと昔」の台詞も花道七三ではなく舞台で聞かせて、団十郎型の世の無常を問うような終わり方とは違い、戦の時代にあってこんな生き方しかできなかった自分を呪うような嗤うような諦念が感じられた。同じ演目でも演出によってこんなに趣きが異なることが面白く、芝翫さん渾身の熊谷はとても見応えがあり観客を引き込む力に満ちていて素晴らしかった。あと、この公演では「熊谷陣屋」の前に「御影浜浜辺」という場面が序幕として付いていたのだけど、まあこの場はなくても全然いいかなという感じだった。