二月大歌舞伎から 第二部『義経千本桜 ー渡海屋・大物浦ー』、第三部『鼠小僧次郎吉』

2/2  歌舞伎座で『義経千本桜 ―渡海屋・大物浦―』 作:竹田出雲・三好松洛・並木千柳(合作)、『鼠小僧次郎吉』 作:河竹黙阿弥

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義経千本桜 ―渡海屋・大物浦―』 仁左衛門一世一代と銘打った上演。私は吉右衛門さん演じる知盛がすごく好きだったのだけど、もう観ることが叶わなくなった今、仁左衛門さんの知盛もこれが仕納めということでちょっとさみしい。インタビューで仁左衛門さんが語っていた言葉をステージナタリーから引用すると、

芝居に“完成”というものはありません。なのでまだまだ勉強し、演じていきたい気持ちはあるのですが、知盛の衣裳は20kg近くもあるため、体力を非常に消耗します。今後、お客様に対して恥ずかしくないよう知盛を勤められるかどうか自信がないんです。なので今回を最後としました。……まあ、(“一世一代”と)うたっておかないと、『やっぱりもう1回やってみよう』となりかねないので。自分にブレーキをかけるためにも、皆様への公約でございます」

なのだそうで、この自信を持って演じられるうちに最後とするというのは見事な心構えだと思う。仁左衛門さんが一世一代を謳った舞台は、2009年「女殺油地獄」、2018年「絵本合法」に続いて三作目で、前二作を観た時にもまだまだ演じてほしいと思ったけれども、観客がそう感じているところで終える格好よさ。そして仁左衛門さん最後の知盛は、前回とは全く違う描き方をしていて驚いた。2017年に観た時は非常にクールな印象の知盛で、感情よりも理性が勝る人物という感じだったのだけれど、今回は感情豊かに知盛の揺れ動く想いが強く伝わってきて、特に「あなうれしや、ここちよやな」の台詞で見せた安堵と諦念がない交ぜになったような感極まった泣き笑いの表情、こんな知盛を私は初めて観た。これはもしかしたら新しい型になって、これから何年か先に知盛を演じようとする役者が取り入れたりするのかもしれない。この知盛はもう一度ぜひ観たい、これで仕納めは惜しいと今回もまた思わされて、仁左衛門さん一世一代の舞台を心から堪能した。

鼠小僧次郎吉』 この演目を観るのは初めてだったけど、単純な勧善懲悪ものではなく、義賊の次郎吉が人助けと思って与えたお金が、元を辿れば盗品だったがためにお金をもらった人々に難儀がかかることになり、これを知った次郎吉が苦悩する、という展開がまず面白いと思った。菊之助さん初役の次郎吉。2018年に菊之助さんの「髪結新三」を観た時は、育ちの良さがしたたかな小悪党を演じる邪魔になっているように感じたのだけど、今回の次郎吉は盗人とはいえ義賊であり、人を助けるつもりが裏目に出てしまって悩む姿は、根が悪党ではないということで菊之助さんによく合っていたと思う。すっきりとした姿かたちも良い。登場人物たちの関係は黙阿弥らしく因果を含んで複雑に絡んでいるけれど、この二人は実は親子という予想通りの展開あり、人の情けにホロリとさせられる場面あり、大詰めで斜面を使った立ち回りあり、とおしまいまで飽きることなく楽しめる作品。また丑之助さんの頑張りは微笑ましく場内からは大きな拍手が起きていた。