木ノ下歌舞伎『義経千本桜 ―渡海屋・大物浦―』

3/3 シアタートラムで『義経千本桜 —渡海屋・大物浦—』

作:竹田出雲、三好松洛、並木千柳     監修・補綴:木ノ下裕一     演出:多田淳之介

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木ノ下歌舞伎は一昨年初めて観た時に全く楽しめなくて(演目は「摂州合邦辻」)もうこの先観る事ないかなと思っていたのだけど、今回演出の多田淳之介はチェーホフの翻案劇「外地の三人姉妹」がとても良かったし、「碇知盛」は歌舞伎の中でも好きな演目なので再挑戦。結論から言うと、観てよかったと心から思えるすばらしい舞台だった。セットは結構な傾斜がある開帳場、9人のキャストが何役も兼ねて、序盤は源平の争いに至る因縁と登場人物たちを現代口語でスピーディーに紹介していく。渡海屋の場になって、ここは歌舞伎の台詞でやりますというところは視覚的に分かりやすく観客に示してメリハリをつけている。舞台上で死んだ者たちは着ていた衣類をその場に脱ぎすてて白装束になるのだけど、次から次から人が死ぬので舞台上には何枚もの着物が重なり置かれ、そこで静かに死者を象徴し続ける。知盛が碇に身体をつないで海に身を投げる場面と「見るべきほどのものは見つ」の台詞を渡海屋の前でやってしまうので、これは最後どうするのかと思っていたら、舞台上に散らばった着物たちをまとめて紐で縛り、これを碇に見立てる演出。つまり知盛は戦で命を落とした者たちの想いを背負って自害するのだ。殺して殺されてを繰り返す戦争の非情、死にゆく者たちの哀しみ、争いのない世への願いは、この舞台の通底にずっと流れていて、それは劇中で「戦場のメリークリスマス」のテーマ曲が効果的に使われていることにも表れている。争いの歴史の中で、人と人のつながりに注がれる視線。非常に見応えがあり物語に引き込まれる快感に浸る2時間だった。多田淳之介演出で2012年初演、2016年再演、今回が再々演との事だけど、何年後かにまた上演されることがあるならば是非とも観たいと思った。